【lulu's Diary】宝石の国スリランカで辿り着いた原点
"宝石の国スリランカで辿り着いた原点"

宝石の聖地のひとつとも言えるスリランカへの旅は、書ききれない程の濃密な体験の連続でした。
強い日差しと湿度でクラクラする暑さの中、山から海まで大自然の中を旅しました。
宝石を求めてスリランカを横断した先に見つけたのは、私にとって原点に帰るような想いでした。

ー宝石は宝の石
旅の中で最も心に残ったのは、長年の夢でもあった、宝石の始まりの場所である採掘場を訪れたことです。
ラトゥナプラの採掘場は、鉱夫が採掘用の穴から地下へと降りて採取する方法で、目の眩むような深さの穴へ命綱無しで降りて行きます。
地下の狭い場所で空気が薄くなるので、採掘用の穴には鉱夫のために新鮮な空気が送られています。
採掘した際の不要な土砂を流すために、川から汲み上げた大量の水を絶えず流し続けています。
自然の力を借りて、自然が生み出した原石を掘り起こす、宝石を作り上げるという地球との共同作業の初めの一歩を見たようでした。
宝石は地球が生み出し命がけで掘る人がいることを目の当たりにし、言葉では尽くせない感動と感謝に涙が止まりませんでした。

そして、数々の閉山した鉱山もまた、大きく心に残りました。
広大な土地があるにも関わらず、もう採れない場所も多くあることを目の当たりにし、有限の財産であることも強く実感したのです。
宝石を育む美しい自然とそこに暮らす人々を見てきたからこそ、宝石には目に見えない足跡が詰まっているように感じました。
地球の歴史や自然、様々な人の想いや努力、それらがたった一粒に凝縮された貴重な結晶、それが宝石なのです。
なぜか惹かれる宝石には、その宝石の歩んできた歴史の何かが、心に触れているのかもしれません。

ー石が宝石になるまで
宝石の始まりの場所から一転、宝石が流通する場所マーケットでも驚きがありました。
産地に一番近いマーケットなら、様々な宝石が見られてリーズナブルに手に入ると安易に思っていましたが、甘い考えであったことはすぐに分かりました。
産地として機能していることと、マーケットとして機能していることは別物で、宝石の流通にはそのための場所やプロフェッショナルがいることを改めて実感しました。
それは流通に限らず、採掘、研磨、セラー、販売などの役割があり、更にそれぞれの中でも細分化され関わる人々がいます。
宝石に携わる様々な人たちと直に関わったからこそ、どの役割が欠けても宝石は完成せず、どれもが等しく重要で価値があると強く感じました。
宝石は、人々のリレーによって作り上げられるもので、宝石への感謝の気持ちがより一層強くなりました。

ーずっとここにあった原点に辿り着く
私がGemTreeJapanのメンバーになって約1年、自分自身の人生の大きな変化に加えて、元々宝石が好きだったからこその迷いや葛藤に悩んだこともありました。
そんな中、スリランカの人々がのびのびと生きて自己表現する様子や、手付かずの自然の美しさ、そして個性の様々な宝石たちと出会いました。
旅を通して、ありのままでいるものに多く触れていく中で生まれたのは「宝石も人も、ありのままでいい」という想いでした。
悩んで、もがいて、いろんなことがあったからこそ、足下にあった原点を見つけて素直にそう感じられたのだと思います。
そして、旅を振り返る中で気が付き驚いたことは、GemTreeJapanの作品とも共通点があるということです。
美しく完璧に見える作品たちですが、宝石の持つありのままの魅力を最大限に活かすという点では、ナチュラルな存在にも感じます。
また、私自身もひとりの宝石好きとして、これまで沢山の宝石から元気や癒しをもらって救われてきました。
手元で輝く宝石たちを見た時に、あなたはあなたでいいんだよと、そっと寄り添って思い出させてくれる気がします。

宝石は宝の石であることを強く実感する旅で、宝石の見方や向き合い方が大きく変わりました。
宝石は貴重で綺麗なだけでなく、私たちの心の何かに触れ、心の中でもきらきらと輝き続ける存在なのではないでしょうか。
美しい作品だけでなく、"心に触れる何か"もお届けしていければと思っています。
GemTreeJapan
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